五月の吉祥寺。井の頭公園のほど近く、木陰のベンチに彼は座っていた。 行き交う人を眺めながら、特に何かを探しているわけでもない目つきで、 ただ静かに風を受けていた。
米内獅超、20歳。今年4月から成蹊大学理工学部に通い始めたばかりの青年は、 少し背筋を伸ばしてこちらを向いた。
「自分を一言で表すなら?」
少し間があった。
「変人の殻を被ったロマンチスト——いや、逆かもしれない」
その笑い方が、少し照れていた。
Chapter 01
「脱皮」と呼んだ、19歳の輪郭
高校生の頃、彼は少し浮ついていたと言う。
評価されたかった。
すごさを証明したかった。
人と違う自分でいたかった。
愛されたかった。
「今思えば、他人の視線の中に自分の価値を探していたんだと思います。 もちろん、それが悪いとは言えない。でも、何か軽かった」
しかしそれと同時に、彼には行動力があった。 生徒会副会長から会長へ。デザイン・情報発信・戦略を統合した選挙活動を展開し、 透明性と納得感を重視した組織運営を実現した。空手道では後輩への指導も担い、 技術だけでなく礼節と心構えを伝えてきた。
写真、映像、音楽、文学、デザイン——創作のジャンルに縛られることなく、 ただ「伝えたい空気感がある」という一点だけで動き続けてきた青年だ。
未熟だった。けれど、まっすぐだった。
そして19歳、浪人という時間の中で、彼は少しずつ変わり始める。
「"脱皮"って言葉が一番しっくりくる。古い殻を脱いで、 まだ柔らかいまま外に出てきた感じ。完成はしていない。 でもちゃんと、自分の足で立ち始めた感覚はある」
Chapter 02
病室が、教えてくれたこと
浪人中の2025年。前へ前へと進んでいた時間に、身体が突然ブレーキをかけた。 肺気胸、一度目の入院。勉強もできない、働けない、家にも帰れない日々。 夜、一人で泣いたこともあったという。
二度目は、バイトの帰り道だった。
両親が焼いてくれた餃子を囲む夜のはずが、同じ感覚が逆の胸に走った。 嫌な予感。徐々に強まる痛み。救急搬送。二度目の手術。
「自分が憎かった。悔しかった。一度経験しているから、また入院の辛さが待っていると分かっていて——」
少し間があって、彼は続けた。
「まあ、今思えば。少し無理しすぎてたのかな、って」
苦しみの果てに辿り着いた「強さ」の定義は、意外なものだった。
「強さって、鎧を厚くすることじゃないと思う。 何度倒れても立ち上がれること。そして——傷ついても、 冷たくならない人でいること。それが私の思う強さです」
優しい、ではない。 もっと説明しがたい、存在の温度。 誰かが側にいると、少し安心できる。そういう人間でありたい、と彼は言う。
Chapter 03
言葉は、誇りを守る態度だ
彼には、自分に課している小さなルールがある。
マイナスな言葉を、自分に許さないこと。
「疲れた」「だるい」「面倒くさい」——そういう何気ない言葉も、なるべく口にしない。 人の悪口も、進んでは言わない。
「感情がないわけじゃないんです。しんどい日もある。 でも言葉にしてしまった瞬間、少しずつ自分の温度が下がっていく気がして」
彼にとって言葉は、感情の吐き口ではない。むしろ逆だ。 どんな言葉を選ぶかが、自分という人間をつくっていく。
写真に短歌を添えるという創作習慣も、交際相手に月に一度ラブレターを書いていたというエピソードも、 すべてこの姿勢と地続きになっている。
「技術は手段だと思っていて。写真でも音楽でも文章でも、 伝えたい空気感が先にある。 その空気感に一番近い表現を選ぶ、っていう感じです」
Chapter 04
愛は、「忠誠」から「安心」へ
かつての恋愛は、少し依存的だったと彼は言う。
「この人だけが好きっていう、忠誠心に近い感覚だった。 深くて、一途で。でも振り返ると、自分を見失っていた部分もあった」
複数の恋愛経験を経て、彼が気づいたのは「尽くすこと」と「自己を失うこと」の違いだった。 熱量の非対称、関係の主導権の喪失——それらは単なる失敗ではなく、 自分がどれほど一途な人間であるか、言葉で愛を伝え続けたい人間であるかを 明確にしていく過程だったという。
「今求めているのは、そばにいて当たり前で、離れていても安心できる関係。 依存じゃなくて、並んで歩けること。 そっちの方が、本質的な愛に近い気がする」
30歳の理想を聞くと、彼は少し照れながら言った。
「愛妻科学者、みたいなものを目指したい。研究もする。家族も大切にする。 成果だけじゃなくて、人として豊かでいたい」
冗談のようでいて、本気だった。
Chapter 05
「誇り」という背骨
人生で守りたいものを聞くと、彼は即答した。
「誇りです。ただのプライドじゃなくて、自分が自分であるための背骨みたいなもの。 誇りを失ったら、向上心も意欲も、優しさまで失われる気がする」
批判されても「良薬は口に苦し」と思えるようになった。 個性的だと言われても「まあ、俺ってそんなもんだしな」と笑えるようになった。 20歳の彼は、少しずつ自分を愛せるようになっていた。
人生の目標を「後悔しないこと」と言う。
「失敗はリカバリーできる。でも挑まなかった後悔だけは、自分を許せない。 だから怖くても、少しでも未来の自分の役に立つことに、手を伸ばす」
インタビューを終えて、彼はまた公園の風景へと目を向けた。
30歳の自分に願うことを聞いたとき、答えは驚くほどシンプルだった。 結婚していてほしい。生計を立てていてほしい。温かい人であってほしい。 肩書きでも名声でもない。
「成功しても冷たい人間になっていたら意味がない。 最後に笑って人生を終えられること——それが私にとっての成功です」
派手な革命ではない。劇的な逆転劇でもない。 小さな改善を積み重ねて、気づいたら大きく差をつけている人間になる。 この青年はそれを、自分に課した生き方として選んでいる。
飛躍より、漸進。
静かだが、底に火のある青年は、今日も少しだけ背筋を伸ばして生きている。